花の色は うつりにけりないたづらに わが身世にふる ながめせしまに
「古今集・巻二(春・下)」にみえる小野小町の歌である。小野小町(→【とはずがたり(2) 化粧坂】)の生没年や経歴は不明だが、仁明朝(833年-850年)から文徳朝(850年-858年)の頃に後宮に仕えていたことがわかっており、仁明天皇の采女(→【市をめぐる誇大妄想(17)額田王】・【市をめぐる誇大妄想(24)皇宮流転】)であったと考えられている。出自について、「古今和歌集目録」には「出羽国(現在の山形・秋田県)郡司女 或云母衣通姫云々 号比右姫云々」とあり、「小野氏系図」には小野篁(おののたかむら)の孫で、出羽郡司良真の娘、とある。 室町幕府第3代将軍・足利義満(→【中世の商業・金融ネットワーク(6)貨幣の力+神仏の力】)は、かつて「西園寺(→【中世の商業・金融ネットワーク(5)改革派 vs 守旧派】」の置かれた場所に「北山第(→【前項】・【前々項】)」を造営し、それまでの伝統的な公家文化、新興の武家文化、大陸との交易や禅宗を通じて吸収した大陸文化(唐様)を融合した絢爛豪華な「北山文化」を紡ぎだしたが、その義満も50歳で急死する。そして「花の稚児」と賞賛された世阿弥(→【前項】)もまた、義満の死後は不遇が続き、1436年に佐渡へ配流された後の消息は、わかっていない。 貨幣(→【市の立つ場所】・【中世鎌倉の市場と北宋の市易法】・【「えの木戸は さしはりてみす」】 )、技術、文化の永続性にくらべて、ひとりの人間に与えられた生命の時間は有限であり、長くともたかだか100年くらいのものである。そしてそれぞれの「花」の時間は、さらに短い(「埋木の朽ちはつべきは留まりて 若木の花の散るぞ悲しき」→【『祖師堂』(6)「高山寺」と比丘尼寺「善妙寺」】)。この人の命のはかなさゆえに、人は神や貨幣を創造したのだろうか。 以下は、河合隼雄氏(→【『祖師堂』(5)明恵と北条泰時】)と中沢新一氏(→【「王の庭」と自治都市】・【中世都市鎌倉と『犬逐物原』】)の対談集「仏教が好き!」からの抜粋である。 日本人にとっての「幸福」とは、「富(経済的成功)」よりも、「安心立命(心安らかに、天命~運命と使命~を全うすること)」や「大楽(自分の心とは本来無縁であるはずものにひきずり回されることなく、落ち着いていられること)」の状態に近いのではないか、という話の一部である。(*「幸福」の語は、西欧語の「ハピネス(英)」・「ボヌール(仏)」~好機をつかむことで獲得されるすばらしい時間~を翻訳するために、明治時代に生みだされた、古語「幸(さち)」と中国語「福」からなる新造語。) 「貨幣と神は似ている」(*は筆者による加筆。) 河合-ヨーロッパの人に僕が「あなた方、本当に本気では、一回限りの復活を信じられないでしょう。いまわれわれが真似している個人主義にしろ、いろいろな物質的なものにしろ、僕から言わせると、キリスト教を背景にしているから成立しておったはずなんや。それも信じていないとしたら、いったい何が頼りになるんですか」といったら、「金です」ってほんま言った。そうなるんです。しかし、これは安心立命にはなりません。 中沢-そういう言葉をきくと、ああ、貨幣というのは神に似ているなと思いますね。 河合-そうです。これほど普遍的なものはないでしょう。いま下手したらね、地球全体に君臨しておるのは金と違いますか。 中沢-金の神様。 河合-しかも、いまこれだけドルが流通できるということは、すべてをドルが支配していると言えるほどになってしまう。お金がいちばん信頼できて、強いものになってきつつある。みんな気がつくと思うんやけどね。これでは安心立命できないことを。 中沢-神様とお金がどこが似ているかというと、どちらも永遠ということを言っている。神は永遠をあらわしています。この世は変化し滅びていくんだけれども、神は永遠をあらわしている。人間がなぜ貨幣をつくり出したかというと、価値を持ったものが壊れていく、風化していくという事態を恐れたからです。 河合-なるほど。 中沢-だからそれを金貨にして、これは変化しにくいものだから、この価値を持ち歩けば、あるときに生まれた価値は滅びないで蓄積もできるし、持ち運びもできるということで貨幣が生まれています。要するにどっちも腐敗しない、滅びない、解体しないということが条件づけになっていて、キリスト教の神というのはこの永遠の神であり、その考えのキッチュな表現形態が貨幣なんでしょう。 河合-それがキッチュ(*ドイツ語kitsch:低俗なけばけばしいもので、芸術を気取るまがいもの。俗悪なもの。)だということに気がつかない。 中沢-貨幣というものが初めてつくられたとき、ギリシャのミダス王が、「貨幣(黄金)は大地を殺す」といって怒ったそうです。(→【『本堺』水路の掘削と犯土のタブー】・【1239年「鳥山の開発」と1334年「鶴見寺尾図」】・【「犯土」のタブーを越える人たち】・【篠原・仲手原と『鎧窪』】) 河合-ああ、それはそうです。まさに貨幣は大地を殺します。 中沢-大地を殺して何が残るかというと、半ば永遠につづいていくもの、保存できるもの、運搬できるものです。だからある意味で、キリスト教の神と貨幣は非常に似ているところがある。仏教はそれについてどうだと考えましたら、「あらゆるものは滅びる」というところから始まっている。永遠のものについて語りますけれど、それはこの世界にはない。それは涅槃(ニルヴァーナ)、煩悩のない状態、つまり〈死〉ですから、この世の幸福に執着している人が行きたくない場所ですよね。 河合-そうなんですよ。 中沢-この世の中に永遠を繰り込むことは絶対にできない。 河合-できない。 中沢-ところがキリスト教は永遠を繰り込んじゃうんだろうと思うんです。 河合-仏教的に言わせると、それは錯覚なんやけどね。 中沢-錯覚なんですね。だけどそのおかげでヨーロッパで数学が発達したんじゃないかと思います。「無限」という考えを発達させたのは、やはりキリスト教の西欧です。それ以前は無限はこの世には入ってこない、あるいはこの世界には繰り込めないと考えていました。ところがこの世界に貨幣というものができて、実に安易なかたちで無限の繰り込みがおこってしまった。お金はどんどん増やしていくことができる。それは幸福量の増大を意味する、という考えが生まれてきます。ですから先生がおっしゃったように、いまの世界にとって神と言ったら貨幣、金と言うのは、理屈から言っても本当なんでしょう。ただ、それは人間に幸福をもたらさない神です。 河合-そうなんです。本当に僕らが言っているような意味の安心はもたらさない。 中沢-永遠で変化しないものは人間の心に安心をもたらさないということですね。仏教が問題にしているのは、その生命体がまわりの世界と違う部分、ちっちゃい部分をつくって、ここで何とか持続してみましょうというのが生命だと言ったわけですから。でも、そうやってできた宇宙のなかの孤島のような自分の存在に拘泥しているかぎり、生命は幸福になれないと言っています。一方いま医学が押しすすめていることというのは、いったん生まれた個体をとにかく延命していくために、外からの悪影響を排除したり、内部にがん細胞みたいなかたちで異常増殖が始まると、これを何とか除去していく方法を通じて、生まれた個体をできるだけ長時間持続させていこうとしている、そしてこれが幸福だって宣言している。この考え方って貨幣の考え方とそっくりじゃありません? 河合-とにかく計測可能なものをできるかぎり多くできるかぎり長く、などと考えるわけですから。 中沢-心のなかに仏教を抱えた僕ら日本人からすると、「それはどうも幸福じゃないな」と思えます。そこらへんを日本の哲学者や宗教者はまともに考えないと。 河合-本当です。僕も、だから自分が考えなきゃいかんと思ってるから、いろいろ考えるんだけど、本当にむずかしいですね。 *参考文献:河合隼雄・中沢新一著「仏教が好き!」(朝日新聞社・2003年8月30日第一刷発行)
by jmpostjp
| 2009-11-27 18:20
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