「鶴見寺尾図」の『仏殿地(大倉山)』と『寺(上の宮)』は、「鎌倉街道下の道(→【『巨大な寺』(2)北向き】の「横濱vol.20」を参照のこと。)」と考えられている道を挟んで相対する格好に建てられている。夫の菩提寺と向き合う位置に建立された尼寺には、例えば鎌倉の「東慶寺(鎌倉市山ノ内1367)」がある。
鎌倉幕府八代執権・北条時宗の眠る「円覚寺」と鎌倉街道を挟んで向かいあうように建つ「東慶寺」は、時宗が亡くなった翌年の弘安八年(1285年)に正室であった覚山尼が創建し、後に自らの墓所ともなった寺である。寺は「縁切寺」・「駆込寺」としても知られる古刹だが、この「縁切寺法」を定め、勅許を得たのも覚山尼であるという。 時宗夫人の潮音院殿覚山志道尼は、鎌倉の名門・安達義景(→【神奈川の地名(2)武家と貴族の輪舞】の娘で、仏門に入る前は「堀内殿」と称されていたが、東慶寺開山の年、「霜月騒動」があって安達家が没落、これが出家に大きく関係したともいわれている。開基は息子の北条貞時。本尊は木像の釈迦如来像。寺宝に鎌倉尼五山第一位「太平寺(廃寺)」の本尊であったとされる木像の観世音菩薩立像がある。 「臨済宗円覚寺派・松岡山東慶総持禅寺(しょうこうさんとうけいそうじぜんじ)」は、室町時代に鎌倉尼五山の第二位に列せられ、代々の住持には名門の息女が名を連ねた。 土地の古老は今でもこの一帯を「松ヶ岡」と呼ぶが、それは後醍醐天皇の皇女・用堂尼(?-1396年。生母は不詳。後醍醐天皇は2人の中宮、1人の女御、その他多くの宮人を妃とし、多数の皇子女をもうけた。)が五世住職になった折、この地が「松ヶ丘御所」と呼ばれたことの名残という。 また第二十世住職・天秀法泰尼は豊臣秀頼の娘(1609年-1645年。母は小石の方。秀頼の正室・千姫の養女となる。国松の異母妹。豊臣秀吉の孫。)であるが、元和元年(1615年)の大阪城落城で父・秀頼が23歳で自害、嫡男・国松は8歳で六条河原にて斬首され、娘も処刑となるところを徳川家康が考慮の末、江戸の目が届く鎌倉にある、男子禁制の尼寺で、大阪の残党に担ぎ出される心配のない「東慶寺」に預けたといわれている。入寺の際、家康から「何か願いは」と聞かれ、「開山よりの御寺法を断絶しないよう」と答えたため、江戸時代を通じて寺の「縁切法」が維持された、ともいう。 鎌倉五山制度は、鎌倉時代末期に北条氏が中国南宋の官寺制度を取り入れたもので、鎌倉尼五山(あまござん・にござん)は、室町時代にこの五山制を模して尼寺にも導入された臨済宗の寺格である。京都と鎌倉に各5ヶ寺が定められた。鎌倉尼五山の「太平寺」・「東慶寺」・「国恩寺」・「護法寺」・「禅明寺」は、「鎌倉年中行事」によれば享徳三年(1454年)には何れも揃っていたが、現在は「東慶寺」を除く全てが廃寺となっている。 かつての鎌倉尼五山第一位「太平寺」は、現在の「来迎寺(鎌倉市西御門1-11-1)」の隣地にあったとされ、「来迎寺」入口左には史蹟指導標「太平寺跡」がある。 昭和6年に「鎌倉町青年團」の手で建てられた碑文によると、「太平寺」は源頼朝が池禅尼の旧恩に報いるため、池禅尼の姪を開山として建立された比丘尼寺(尼寺)という。室町時代、足利基氏(鎌倉公方)の子孫・清渓尼がこの寺を再興したが、天文年間(1532年-1553年)に安房の里見義弘が鎌倉へ攻め込んだ際、時の住職・青岳尼を自らの根拠地である房州(現・千葉県)へ連れ去ったので寺は廃寺となった、とある。 「太平寺」の跡地に建立された「高松寺」は、寛永年中に紀州徳川家の家老・水野氏が「太平寺」を改修したもの、ともある。 碑文にみえる「高松寺」は、寛永19年(1642年)、紀州徳川家の家老・水野淡路守重良が「太平寺跡」を修復し、日蓮宗の尼寺「高松寺」を建立したもので、近代では男爵・水野家の持ち寺になり、代々和歌山県の新宮寺の住職が来ていたが、昭和6年に水野家の事情により寺堂を解体、宮城県栗原郡若松へ移転している。 「太平寺」も「高松寺」も今では廃寺となったが、「太平寺の本尊(観世音菩薩立像)」は「東慶寺」に移され、「太平寺の観音堂」は「円覚寺の国宝舎利殿」として、また「高松寺の山門」は鎌倉山の「擂亭(らいてい・そば会席料理店)の門」として使われている。 「高松寺跡」はその後長く空地であったが、昭和30年の神奈川国体の際にテニス会場として整備され、現在はこのコートを横浜国立大学が管理している。
by jmpostjp
| 2008-05-14 19:15
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